最近の裁判例の考察

かつて、日本の富裕層の間では、国外財産の贈与を非課税とする租税回避スキームが活用されていました。

これまでは、財産をもらう側の人が「非居住者」である場合には一律に国内財産のみが課税の対象とされており、国外財産は課税の対象外とされていたからです。

そのため、国外財産の租税回避が焦点となった裁判では、所得税法に定義されたわずか2行の条文、「居住者」と「非居住者」の解釈を巡って争われてきた経緯があります。

居住者 国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう。 第2条第1項第3号
非居住者 居住者以外の個人をいう。 第2条第1項第5号

現在の日本の税法では属地主義が原則となっており、国籍を問わず、日本国の領土内に居住している個人・法人のすべての所得に対して納税義務を課す「全世界所得課税主義」が採用されています。

したがって、海外で得た所得であっても、日本国の「居住者」と判定されれば、国内所得と合算して申告・納税する義務があります。もっとも、「非居住者」にさえなってしまえば、その時点で国外所得に対する申告・納税義務はなくなることになります。そこで、一時的に財産を国外に移転し、贈与税が非課税となる国(香港やシンガポールなど)に子どもや孫を居住させた後、国外財産を贈与するスキームが一般的に利用されるようになったのです。

この節税スキームの最大の魅力は、なんといっても「海外に永住する必要がない」ということです。あくまでも、日本などの諸外国の税法では「贈与した時点での居住の有無」が問われているのであって、国外財産を贈与した後に再び日本の居住者に戻ったとしても、過去にさかのぼって納税義務が発生することはないからです。

しかし、費用対効果が極めて高いこうした非課税スキームも抜け穴が封じられてしまい、現在では実行することが非常に困難な状況になってしまいました。以下に、その契機となった判例を見て行きましょう。


 

◇『武富士事件』(判決:最高裁で納税者側が勝訴)

ひとつは、『武富士事件』です。

この事件は、「日本国籍を持った非居住者に対する贈与」が焦点となりました。

事件名 武富士事件
判決 最高裁で納税者側が勝訴
焦点 日本国籍を持った非居住者に対する贈与

武富士の株式を保有する贈与人(父)が香港に在住する被贈与人(長男)にオランダ法人の株式を贈与しました。当時の税法では、国外財産であるオランダ法人の株式を香港に住む長男が贈与によって取得しても日本の贈与税は課税されないはずでした。

しかし、国税側は長男の生活の拠点について、「長男の滞在日数割合を香港:65.8%、日本:26.2%として、滞在日数を調整し日本の滞在日数割合が大きくならないように租税回避を目的としていたこと、香港の滞在施設がサービスアパートメントだったこと、日本で使用していた家財等を香港に移動させていなかったことなどを上げ、長男の生活の拠点が日本にあった」と主張、1,600億円の申告漏れを指摘し、1,300億円を追徴課税しました。

この事件は最高裁まで争われ、結果として長男の主張が認められました。最高裁は、長男の生活の拠点は香港にあると認定し、納税者側が勝訴しました。裁判では「贈与税回避の目的があったにせよ、客観的な生活の実体が消滅するものではないため、各滞在日数を調整したことをもって、香港に生活拠点がないとは言えない」、つまり生活の拠点は香港にあったと判断しました。国は利子にあたる「還付加算金」約400億円を上乗せしたうえで、総額約2,000億円を還付、個人への還付としては過去最高額と言われています。


 

◇『中央出版事件』(判決:最高裁で国側が勝訴)

もうひとつは、『中央出版事件』です。

この事件は、「日本国籍を持たない非居住者に対する贈与」が焦点となりました。

事件名 中央出版事件
判決 最高裁で国側が勝訴
焦点 日本国籍を持たない非居住者に対する贈与

贈与人(中央出版の元会長)が、息子の妻を出産前に渡米させ、アメリカ国籍を取得した被贈与人(生後8ヶ月の孫)に租税回避(贈与税の回避)を実施したことにより、相続税法上の信託の「受益者」や「制限納税義務者」が争点となりました。

元会長はアメリカの信託会社との間で、アメリカ国籍を持つ孫を受益者とする信託契約を締結、さらに信託会社は孫の父親を被保険者とする生命保険を締結し、保険事故が発生した場合、信託会社が受け取った保険金は受益者である孫に利益を分配させるという形で、贈与税の適用を回避しようとしたものです。国税庁が贈与税など計約3億1000万円を追徴課税しました。

国税側は、「①『信託行為』について、受託者の締結した生命保険契約が委託者の指示に基づいて締結したわけではないため、当該信託は相続対象とはならず生命保険信託には当たらないこと、②『受贈者』については、生後約8か月の孫(当該納税者)が出生から信託行為時までの滞在期間が「アメリカ:約180日、日本:約70日」であったものの、信託行為の前後を通じて生活の本拠が日本の自宅にあったこと、養育者である両親はアメリカでの生活が一時滞在にすぎないことから、日本に生活の本拠を有している」と指摘、養育されていた孫(当該納税者)も信託行為時において日本に住所を有すると指摘しました。

この事件は最高裁まで争われ、2014年8月、元会長側の敗訴が確定しました。


 

【生前贈与が実質不可能に】

平成12年以降、代表的な2つの判例をご紹介しましたが、国外の財産が関連する贈与税(相続税も同様)の納税義務の範囲については、上記の『武富士事件』で1段階、『中央出版事件』によって1段階、それぞれ事件後に大規模な法改正が実施され、租税回避の防止が厳格化されるに至りました。平成25年4月1日以後、現行の贈与税(相続税も同様)の納税義務者については、贈与者(財産をあげる人)が国内に住所を有している場合には、国内財産・国外財産問わず課税されることとなりました。

被相続人

相続人

日本に住所有 日本に住所無し
過去10年以内に
日本に住所有
過去10年以内に
日本に住所無し
日本に住所有 <無制限納税義務者>
国内・国外財産ともに課税
日本に住所無し 日本国籍有 過去10年以内に
日本に住所有
過去10年以内に
日本に住所無し
日本国籍無し <制限納税義務者>国内財産のみ課税

現在の贈与税(相続税)を非課税とするための条件は、上図の青色部分を残すのみとなり、贈与人、被贈与人ともに10年以上海外に居住しているか、相続人が外国籍かつ被相続人が1年の半分以上を海外に住んでいる必要があります。

親子ともに仕事の関係で海外に移住しているケース、あるいは親子ともに海外生活を希望して移住しているケースなど、移住した結果として贈与税が免除されることが理想的ではありますが、わざわざ租税回避目的で親子ともに5年以上海外に居住するというのは現実問題としては非常に難易度が高いと言わざるを得ません。

もっとも、海外移住そのもののハードルは一昔前に比べれば容易になったため、贈与税・相続税のかからない国に家族ごと移住することを検討してみる価値はありそうです。

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